雨の中を泳ぐ日々

思いつくがままの気分の記録

ベッド&メイキングス「こそぎ落としの明け暮れ」の感想


f:id:unimasa:20190412021802j:image

ここ最近で最も楽しかった作品と言い切っても良い気がします。

3月19日のソワレを観て、どうしても我慢できずに仕事の都合をつけて、3月22日のマチネをもう一度見に行きました。アフタートークがあったことも大きかったのですが、これだけのテンションになったのは三谷幸喜さんの「出口なし」を見て以来です。

福原充則さんの脚本が良かったし、出演された方々も本当に良かった。とにかく「見えないものをどう信じるか?」を主に3つの話を軸に進めていきます。

感想をまとめていきますが、ネタバレありなのでこれから見る方は、お気をつけください。

話は主軸が3つ、一つは真理子と和子という姉妹の話、二つ目は真理子の夫・昭一と「彼女」の話、三つ目は片桐・常滑・近藤の三人が働く害虫駆除に関して。この三つがたまに絡みながら話が進んでいきます。

まず真理子と和子ですが、和子が交通事故で入院するときに、妹の真理子が姉の昔書いた遺書を見つけることで、不安感を感じる。事故も含めて自殺だったのでは?という疑念を持つ。同時に姉のお人よしな性格を非常に気にして、いろいろと干渉しようとするが、姉はそのことに対して複雑な思いを持ったまま過ごす、、、という流れ。まず舞台冒頭の真理子のセリフの静かな入り方がよい。いきなり空気を支配する感じがあります。安藤聖さん、見事です。滑らかすぎないから、個人的には手紙を読んでいる感覚が伝わってきます。途中、姉の病室の同居者・時村さんとの掛け合いが全くかみ合っていなくて、苦手というか合わない人は論点から合わないなあ、、と感じさせます。もっともあそこは時村さんが普通に変な人ですけど。

姉の和子が退院後は気分転換に島に連れていきます。そこでも自殺願望を払しょくさせようとしますが、最終的には和子が「死なないで生きようとする自分を信じろ」ということで崖でのやり取りを経て終わります。

この姉妹の信じたいことが、妹から強く出ていて姉はそこに多少うんざりしつつも、結局は受け入れるという過程が、うまく出ていたと思います。真理子の持つ気の強さを、結局和子は受け入れているし、姉のお人好しな感じも結局真理子も許している(画廊で絵を買っているので)。安藤聖さんのぐいぐい来る感じと、町田マリーさんのため息をつきつつもしょうがないなあ、、、っていう部分は実によい組み合わせでした。個人的に一回でよいと思った観劇を急遽二回にしたは、ラストの二人の崖のシーンが大きい。あそこは崖の上でケンケンをしながら和子が「自分は自殺しようとせずに、落ちないことを信じろ」と真理子に言うわけですが、ただの舞台上のやり取りですけど、観客である自分が本当に力が入る感覚を覚えました。ないはずの崖が感じられて、信じたいという気持ちを持たせるだけの芝居になっていた。それだけでもう一回見るには十分な理由でした。それくらいこの二人のやり取りは見事だったと思います。

結局信じたいことは何か?という部分が単に自殺しない云々ではなく、姉の言葉そのものということになっていて、舞台冒頭は真理子がぐいぐい来ていた関係性が、最後は姉が信じさせた関係に変化しているところもうまい。姉はこれからもお人好しな部分をみせて、真理子はイラっとはするが、受け入れるんだろうなあ、、、という様子が想像できます。

 

二つ目はその真理子の夫・昭一と「彼女」の話。簡単に言うと昭一は結婚していますが、理想の女性を追い求めている。その相手は有形無形の人格と呼べそうなものであり、普段は女性の中に入ることが多いが、後半は歌に入り込みます。物語では妻の姉である和子が入院する病院の看護婦・芒恵に入り込んでいて二人は、愛人関係にあります。冒頭に入る熱いキス、いや笑いました。しかし芒恵からその「彼女」がいなくなったことから、二人は別れることになり、そこからドタバタが進みます。ここはもう野口かおるさんの独壇場、すごい。あれだけの芝居をさらっとやることができる度胸。女優は違うと実感。そのあとに「彼女」は病院の売店のスタッフ・勝呂に入り込み、昭一はすぐに彼女を見つける。最初自覚がない勝呂はだんだん「彼女」の存在を意識しだして、あとは一気に昭一との恋愛関係に発展します。それをみて芒恵は嫉妬に狂うわけですが(笑)

勝呂役の佐久間麻由さん、すごくよかった。「彼女」が入る前あたりからの演技で、昭一や芒恵を見つめる眉間のしわがいい(笑)。これアンケートにも書いたのですが、おふざけでなく、あの嫌そうな表情の演技が本当に良かったのです。本人が読んで怒っていたら嫌だなあ、、、自分としては舞台のアンケートを書いて出すということ自体が、レアなので。今回の舞台では、佐久間さんは演技よかったと思います。特に昭一の二股がばれたあとに、三日後の高田馬場駅で会うあたりのやり取りはすごく切ないというか、儚げな雰囲気が出ていたので。

三日後にあう時は「彼女」は勝呂からは抜けていて、携帯電話の中にメッセージを残していました。「次に会う時の印として、『あ』と『い』の言葉をあなたに預ける」と。その時に聞こえる病院の合唱サークルの歌からは『あ』と『い』が抜けていた、、、面白いのは、そこで無形のものである歌に昭一は普通に愛情を傾けること。まあ人ではなく「概念」への愛情なので、当然といえば当然ですが。その時に昭一を演じる富岡晃一郎さんが本当に普通にしているのがおかしかった。そもそもちょっとおかしい発想の人で、おかしくないのは妻の真理子との会話くらいなんですが。この役者さんのすごさはおかしな感覚といわれそうな話を、サラッと演じていることだなあと思いながら見ていました。

このあと昭一は嫉妬に狂った芒恵に殺されそうになりますが、それは三つ目のエピソードにつながります。

 

三つめは、片桐・常滑・近藤の害虫駆除の仕事にまつわる話。ここでの話では吉本菜穂子さんが演じるこの害虫駆除の会社のリーダー片桐が「見たことがない虫を好きでいるが、見ることはいけないこと」という屈折した感情を、部下である石橋静河さん演じる常滑が、「一度見せてあげたい」というおせっかいから始まるドタバタ。途中、この会社がつぶれそうというところから、おかしな行動を繰り返していた片桐が面白くなっていきます。話の流れから片桐が和子を脅迫するくだりとか、なんというか演劇らしい発想だし、そのことが違和感なく進んでいくのは、その部分まで人物像をしっかりと観客に植え付けていった役者と脚本のうまさに尽きると。

このエピソードは結果的には、和子が入院していた病院での駆除作業の時に、駆除をしようとしていた部屋に閉じ込められていた昭一が、殺されそうになっていたり、最後は結局「会いたいけど会ってはいけない虫」への思いが昭一に「両想い」と認定されて、本編含めて終了になります。

 

三つの話が実際には時系列は並行して進んでいくので、ほんとに見て笑って楽しんでくださいということしかないのですが、この作品にある「見えないものを信じる」ということへの「信じ方」の違いっていうのが、うまく比較されていたと思います。真理子と和子は崖での行動によって、はじめて真理子は信じて和子は理解してもらえる。そうここでは和子は一貫してぶれていなくて、真理子の変化ということになります。そこがうまいところで、和子は確かに遺書も書いたし、事故の時もいろいろと思ったが「死にたい」わけではない。そこを真理子がどう信用するか?がポイントだったので。

昭一は最初から信じている、どの相手に「彼女」はいるのか、すぐに見つけることもできる。大事なのは「彼女」がいるということ自体は、最初から信じるかどうかではなく、どこにいるか?出会えるか?という部分。一番、滑稽な信じるべきものに対して、この福原さんの脚本では信じる要素が強いというのも舞台ならではと思います。

吉本の虫への愛情に関しては、「いるけど、見てはいけないもの」という思いがどう変化するか。いるかいないかを疑いつつも、駆除すればいなくなるのだから、いることは間違いない。あのいるはずの虫を感じるためには、会社がなくなったら困る。だから強盗も脅迫もする(笑)ここでも面白いことに、すでに常滑はいることを最初から信じているから、なぜ見ないのか?という疑問しか持たない。このあたりの現実的な割り切りを、吉本は簡単には受け入れることはないがラストで、変化をして「見たい」という感情を抑えないところがよかったです。

この作品、同時によいなあと思ったのは「変わるもの、変わらないもの」という部分を「信じるもの」にうまくつながて描いていたこと。例えば、和子の心理は遺書を書いた時と入院後では違うが、真理子は信じようとしない。変わらないものが自分自身であることへの自覚がない。でも、面白いなあと思ったのは、手紙の中にある「松葉色」って、色の意味合いに「生命力」というものがあって、すでにその時点で変化していて、書いているだけのものになっている。あそこで和子が片足でふらつきながら歩くシーンと真理子が手紙を読むは、もちろんラストの崖につながっているわけですが、そういう対比をさり気なく提示している脚本の上手さだなあと。

勝呂が高田馬場駅の待ち合わせの話の際に「三日後の高田馬場駅はだれも見たことがないもの」という話を持ち出します。未来は変わるものであり、不確定要素である。昭一はそこにためらいなく「ある」というけど、その意識の差がふわっと浮き出す感じがすごくよくて、演劇ってこういう場面一つで、いろいろな感情を掻き立てることができる楽しさを再発見した気分です。

自分は我慢できずに、二回見たのですが、二回目を見た時にはアフタートークがあり、福原さん、富岡さんをホストに、出演した野口さん、島田さん、佐久間さんの演劇とのきっかけみたいなトークを展開していました。野口さんの大妻中高時代の話、島田さんの裏方時代の話、佐久間さんの一輪車の話とか、なんというかこういう入り口が全く違う人たちの組み合わせが、こういう演劇世界を作る楽しさなんだろうなあ、、、と思い、同時にそういう創り上げる体験ができるうらやましさみたいなものも同時に感じました。自分はもう向こう側に行けることはないので(笑)

福原さんの話は、セリフが要所で直球でありつつも、でもどこか言葉の裏にあるものを考えさせる場面がふっと入ってくるので、見ていて「おおっ」っていう感じが多くあります。そこが見ている自分の予想というか、こういう感じに進むのかな?という感じを裏切ってくれてよいです。いろいろとみていると、例えば野田さんみたいな観念的なセリフから、世界が広がっていく演劇も楽しいし、今回みたいな直球勝負の中にふっと、混ぜられた言葉に楽しみが見えたりとか、こういうのが見ている楽しさだと改めて感じさせてくれた作品でしたし、ほんともう一回見たかったです。