雨の中を泳ぐ日々

思いつくがままの気分の記録

舞台「三人姉妹」at 博品館劇場 2018.1.26(金)


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昼間は生頼範義展に行って、そのあと移動して銀座・博品館劇場で舞台「三人姉妹」を見ました。

演出が赤澤ムックさん、出演は乃木坂46衛藤美彩さん、伊藤純奈さん、久保史緒里さん、ほかに五十鈴ココさん、岡田あがささん、美翔かずきさん、汐月しゅうさん、春川芽生さん、立道梨緒奈さん、柿丸美智恵さん、東風万智子さんということで、乃木坂ファンにはおなじみの方もちらほら。作品はあのアントン・チェーホフの「三人姉妹」を女性だけというアレンジで上演しています。

ソワレを見ましたが、非常にチャレンジングな作品でした。良し悪しを含めていくつか感想があるので、簡単にまとめておこうと思います。

まだ公演中なので、このあとは一応、たたんでおきます。

まず、男性を抜いて、女性のみで演じた件は、一つは乃木坂46運営サイドの事情(男性をあまり絡めない?)も多少、あるのかなと。実際は、ネルケプランニングの公演で男性が入っている時もあるので、そこまで敏感なのか?というとたぶん、違うでしょうね(笑)

そういう演出での意欲作という狙いなんだと思います。大変な作業でしょうし、特に男性という解釈が必要となる場面がいくつかあるので、結構苦しい演出だったことも事実です。そこを含めて、問題はその狙いが成功しているか?という話です。正直なところ、うまくはまっているか?というと評価しにくい。Twitterでもつぶやきましたが、男性が入っていないことが、プラスに働く部分があったのか?がわかりにくかった。この芝居はそもそも帝政ロシア末期の上層階流の閉そく感というか、モスクワからの都落ちを嘆くという話です。三姉妹のモスクワへの望郷と、今の生活への失望を描くことがストーリーの主軸になっています。男性を抜いたことで、結果三女への求愛に関する流れは今一つ不明瞭な演出になってしまったと思います。あとは男性がいないことで、帝政ロシアという空気感が正直出にくくなっていたこと。この辺りは芝居の序盤から少し違和感を持ってみていました。

演技は個々のメンバー、非常に力の入ったよいものだったと思います。乃木坂メンバーも周りに劣らず落ち着いた演技を見せていました。衛藤さんは若干若くはありますが、長女を落ち着いて演じています。感情のブレなどがあまりない役柄なので、逆に難しさはあると思いますが、貫禄という言葉がうまくあてはまると思います。次女の伊藤さんはだいぶ落ち着きが出てきました。昨年からの舞台経験が、自信をつけさせたのか、慌てることなく不倫をする次女を見せていました。年齢的にはちょっとかわいそうではありますが。イリーナ役の久保さんは決して少なくないせりふをきっちりと自分のものにしていました。声量もしっかりと出ていて、良い演技だったと思います。きちんと自分の言葉にした印象が残るのは、良いことですね。まだ動きのメリハリが弱かったり、動きそのものが小さいなどもありますが、それはまだ経験値の浅さということでしょうし。経験の多い周りの役者さんに比べて、見劣りするほどではないと思います。

三姉妹の兄アンドレイの五十嵐さん、頼りない部分を感じさせる演技はよかったと思います。感情の出方が起伏がありそうでないのが、特に終盤で今の境遇を嘆く部分でややマイナスだったかなと。個人的にはソリョーヌイ役の立道さんがよかったです。男爵が醜男で、でもイリーナは夢を捨ててこの男爵を選び、ソリューヌイを選ばないという筋書きになっています。すべて女性なので、その設定が難しいことから、赤澤さんは男爵が頼りない人、ソリューヌイは変質的な人という感じを出すことで区別していたように見えます。男爵の前半でのだらしなさやふわふわした感じ、ソリューヌイの危うさなどは頑張っていましたが、その中で立道さんのちょっと切れた感じの演技が、この対比に役立っていた気がします。

今一つに見えたのが、次女の夫クルイギン。頼りないという部分は伝わりますが、それがずっと同じトーンで続くので、一本調子になってしまいます。もう少し変化球があると、印象にもっと残ったかも。

ヴェルシーニンは難しいですね、きっと誰がやっても女性では難しいのかも。マーシャがなぜ惹かれるか?という部分への説得力がそもそも難しい。教養があり(夫も学者だが、昔の自分の功績に浸ってばかりで、新しさがない)哲学めいた話が得意という部分で、夫に失望しているマーシャの心をつかんでいきますが、それも今回の作品では、観客には伝わりにくいだろうなあと、、と思いながら。自分にも正直、ぴんと来なかった。この辺りは貫禄を出すっていう難しさだと思います。

 

結果的に女性だけという作りが、ロシアという色をうまく引き出していたかは、少し考えてしまったし、また終盤のイリーナに関する流れは、観客にどの程度伝わったのか?も考えてしまうなあと。

もともと、客層を考えた時には、最初チェーホフをやるという時点で、かなり厳しいなあと。乃木坂がいくら芝居をやることが多いといっても、大概が2.5次元で観客側にもこういった古典戯曲の受け皿が弱い。そういった部分では、今回の芝居が「つまらない」とか「盛り上がりに欠ける」などの感想が出るのはやむを得ないとは思っています。製作するネルケや乃木坂側も織り込み済みだと思いますし。

だからこそ、あえてこのチェーホフを選んだ意欲は、頑張っているなと思うし、同時に成功ではなかったかなと。男性を排除して、演出して帝政ロシアの空気がうまく引き出せなければやはりこの作品は、成立していないと思います。イリーナの選択をどう理解するか?もそう簡単に伝わる演出だったとはいいがたい。原作を読んで初めてその意図がわかるような気がします。演劇なので、予習が必要かどうかも含めて見ると、今回は事前に知っておかないと厳しかったと思います。序盤の教養を示すマーシャのセリフの意図や、退屈や倦怠といった空気が、本質的に何を示唆しているのか?など。以前の「犬天」でのゴドーの件もそうですが、そういう楽しみ方を知っていくのも、ファンに取ってはいいことかも知れません。否定はしませんが、ただ応援しているアイドルが演技を頑張っている!というだけでは、辛いところもあるでしょうし、演劇の楽しみ方も拡がる。

そういう視点があると、ラストシーンの姉妹が、モスクワから離れた土地に馴染んでしまっている、もうそこから離れることができないっていう結果も、その当時のロシアの閉塞感とあわせた空気という意味でも受け手に深みが出たりとか、楽しいところをいっぱい見つけられますね。モスクワに行きたいと言いながら、実際には行けないことを知っているとか、学校での仕事に疲れ、頭が痛いと言いながら結局、校長になるオルガ、不倫相手の軍人が移動になり、結婚生活への失望を覆い隠すことができない現実へ戻るマーシャ、モスクワへ戻る夢が叶わない現実を、結婚と先生になることへすり替えて、生きようとするもその夢の一つがあっさりと壊されるイリーナ、、、、こういった出来事が現実であり、夢がそれ以上にはならなかったという悲劇感を感じ取れたのは、良かったなあと思います。モスクワに行きたいけど、実際は行けるはずもなく、ただその昔の良かった時を懐かしみながらも現実を生きていく、、、ハッピーエンドでもなんでもないが、そこにこの戯曲のリアリティみたいなものはあって、そこが感じ取れたことで、足を運んだ意味はあったと思います。

アイドルファンにそのハードルの高さを設定した意図も含めて、いつかその狙いをうかがえることもあるかと思うので、それは興味深いです。

次はミュージカル「セーラームーン」なんですね、なあんとまあ、振れ幅の大きい(笑)。どういう配役かはまだ未定ですが。噂では堀さんが主役という話も出ていますけど。正式発表はもう少し後でしょうか。男性客は、ハードルが高いですね、これはさすがに(笑)

 

追記

女性のみで、ロシア感が感じにくいという部分ですが、、、これはビジュアル要素もそうですが、声質も大きいのかなと。

演じた女性陣が悪いとかではなく、言葉に重さが出てこないと、どうしても女性のトーンだけでは軽快さが目立ってしまって、個人的な先入観もありますが、ロシアっていう国の雰囲気に馴染めていない気がします。

逆にそこを意図的に排除したのであれば、女性のみの配役のメリットがいまひとつ伝わっていない気がします。やはり重みは必要なのかなあと。