雨の中を泳ぐ日々

思いつくがままの気分の記録

ナイロン100℃ 第44回公演「ちょっと、まってください」 2017.11.25(土)ソワレ

仕事終わりに行ってきました。

本多劇場は、夏の「ベターハーフ」以来かと。ナイロンの本公演自体が久々でしかも新作なので、そういう意味では期待の高い作品でした。出演者も劇団メンバーにプラスして、水野美紀さんと、マギーさんと豪華な客演。期待値があがります。

Twitterでケラさんがずっとナンセンスな作品という話をしていたので、そういう意味ではシリアスというよりは、ブラックユーモアに近いのかなと思いながら劇場へ向かいました。事前情報はほとんどない状態だったので、見た感じそのままの感想を簡単に。

まだ公演は続くので、一旦畳んでおきます。

ある国(多分、ロシア)のある金持ちの家と浮浪者の家族が、立場が逆転していく話。

マギーさんはその金持ちの家の使用人。その家は実際は借金だらけで、苦しい生活をごまかしている。お金を貸した家が夜逃げするなど、無茶な設定がすでにここで出てくるが。実際借金の理由はマギー。マギー扮する使用人はもともとペテン師。この家に借金をさせて自分はそのお金を横取りしている。

金持ちの家は、日記を書けないおしゃべり好きな主人(三宅弘城)に妻(犬山イヌコ)、長女(峯村りえ)長男(遠藤雄弥)という構成。その家に突如としてやってきた乞食の長女(水野美紀)、彼女はいきなり主人の新しい妻になったと言い、主人もそうなったという不思議な展開が起こり始める。捨てられた形になった元妻は、旅行に行くといいながら、乞食として家の周りをうろつくことになる。その新しい妻の家族である乞食の長男(大倉孝二)、父(みのすけ)母(村岡希美)も暮らすことになる。

暮らしていく間に、だんだんとねじれていく生活環境。気がつくとどんどんおかしな方向になる構成。乞食の父は、脱げなくなった鎧を着たまま自分を騎士と言い出し、そして長女に求婚を迫る。誰の夢が現実するかもわからないまま、没落する家から乞食も使用人も出ていこうとする。そして最後に残った結末は、、、

ということで、結局のところは不条理な出来事が繰り返されつつも、乞食はもとの乞食に戻って、また別の家に寄生しようとし、貧乏になった金持ちは妻も戻り、また元の生活に戻っていこうとする。唯一、使用人だけは暴発した銃に撃たれて、この世から消えていく。

決して暗い話ではないです。むしろそのコミカルさに笑える。不条理に進んでいくストーリーと、会話から広がる不可思議な展開がどんどん進んでいく。最初から不可思議で、面白いのは水野美紀が家に入り込むとき。最初は長男と結婚したいという(という妄想)ところから、なぜか父と結婚したという話に変わり、そのまま進んでいく。周りも普通に受け入れていく。とにかく三宅弘城が面白い。とぼけた父親を本当に普通に演じている。そのとぼけた感じが本当に自然。そこで更におかしいのは犬山イヌコの母。何で?という驚きは見せつつも結局はその境遇を受け入れて、自ら乞食になるが実に自然。

この芝居の楽しさはまさにそこで、不条理な出来事をすべて普通に受け入れて、そこにためらいのない感じが楽しい。どの役者さんもそこがすごかった。その中でも会話の妙も含めて、実質的な主役に思えるマギーさんの演技。実に間がうまい。使用人という立場とペテン師という顔を巧みに入れ子にして、自分の周りを手玉に取っているように見せながら、気がつくと乞食に振り回されて、自らの道を歪めていくプロセスが面白かったし、そこを普通に見せていく感じが良かった。あとは水野美紀さん、乞食の長女を演じて家に入り込んでいく。最初は妄想全開だが、途中からはその意味のない妄想を現実に変える魅力を放っていく。

とにかくこの芝居の一番の楽しさは、不条理な展開を???と思わせながらも観客を一気に引き込む構成力だったと思います。役者の台詞への不可思議さを気がつくとストーリーへの展開につなげて、そこに不思議さありつつも、まあそのまま楽しもうかっていう感覚が良かったですね。

このストーリーで象徴的だったのは「ソファーの染み」、どんどん上書きされていく。そう、起こった出来事に対して、その環境がどんどん変化していくことを受け入れていくかのように。

まあ、あとはラストのあのマギーさんの場面に、狂犬病の演出を持ち込む空気が最高に楽しい。絶対にシリアスにさせない脚本を書いたKERAさんの感覚が好きです。やはりこの芝居を見に行って大正解。

もう一回行ければよかったなあ、、、そこが残念。

今年は当たりというか、結構いい作品を見ることができているので、ありがたいです。