Electric Sheep

徒然なる日々の記録

野田地図「逆鱗」 2016.01.29 東京芸術劇場

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これからNODAMAP見ます。

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野田秀樹の新作「逆鱗」の初演を見てきました。初演は久々、緊張感も他の公演とはまた格別で、最初に見ることが出来る喜びもあります。

天気は雨でしたが、芝居は非常に濃密な二時間をたっぷりと味わうことが出来ました。(天気、関係ないなw)

ということで、芝居の感想を簡単にではありますが、まとめておこうと思います。すみませんが、ネタバレ必至なので、未見の方はここまでで。

 

回天 - Wikipedia

まずは、この芝居の骨格は、ひとつこの「人間魚雷」になります。もうひとつはこの人間魚雷を「人魚」という比喩に置き換えて進む話です。

最初は伝説の「人魚」を捕らえるという話からスタートし、人魚を探す「潜水鵜」と人魚とのやり取りが続いていきます。ここは野田秀樹の言葉遊びの真骨頂で、あらゆる言葉が自在に広がっていきますが、その広がりが後半に大きな意味を持ってくることがわかります。

観客にふっと戦時中の場面がインサートされるところから、「人魚」が「人間魚雷」の比喩であり、海で死んだ人間の魂が塩となって海に交わるというたとえも、「回天」で亡くなった戦死者との比喩につながり、ラストシーンへとつながっていきます。

回天は特攻のために作られた欠陥兵器であり、結局さほど大きな成果を残すことなく、多数の方が亡くなっています。その虚しさ、くだらなさ、悲しさを人魚の言葉に置き換えて、また心の声が聞こえるようになった潜水鵜の言葉に託して、その悲劇を後半は魅せていきます。ラストの瑛太さんのモノローグ、松たか子さんの言葉、なんとも言いようが無い時間でした。あのラストまでに積み上げてきた芝居の中のいろいろな言葉が、一気に自分の中にあふれる瞬間でした。

今回の舞台はある種、前々作の「エッグ」にも通じる部分はあります。時系列の意図的な混乱、そこから戦争中の愚かさ、醜さみたいなものをあぶりだすというのは、テーマとしては似通っていました。「エッグ」のほうが時系列の複雑さは多かったと思います。

 

unimasa.hatenablog.jp

 今回の「逆鱗」は人魚の世界の視点、人の世界の視点の変化もわかりやすく、時系列の変化も、途中からはじっくりと描いていくのでそのあたりは観客は入り込みやすかったと思います。昔の「夢の遊眠社」に比べればたいしたことはありません(笑)

その分、特に後半の特攻を描くシーンは、とにかく胸が痛いというか、無駄死ということが感じ取れるだけに余計に、上官の放つ心の言葉の重さが伝わってきます。「NINGYO EAT A GEKIRIN」という言葉の中にこめられた意味が、形になって演じられていきます。

野田さんは年齢を重ねて、いろいろと表現したいものが広がってきているので、非常に新鮮味を感じます。昔の『キル」「TABOO」とか主人公の人生の栄枯盛衰みたいなものを描くスタンスから、最近は歴史のうねりのなかの人の脆さや愚かさみたいな部分を描くことがおおいのかな?と。いろいろな作風を感じることが出来るのは非常にうれしいので、これからもいろいろなチャレンジを続けて欲しいと思います。

出演者は皆さん、個性というかそれぞれのキャラクターの色付けを十分に魅せていたと思います。松たか子さんの人魚は、マーメイドという意味での人魚と兵器としての人魚の色付けを見事に見せていました。瑛太さんは、郵便局員としての軽やかさから一転して、特攻隊員としてのラストまでの変化がとてもうまい、井上真央さんの計算高さや阿部サダヲさんの面白さと心の言葉の重さ、池田成志さんの芸達者ぶり、他にも満島さんや銀粉蝶さんなど、皆さんがそれぞれの役どころの意味合いを十分に活かした演技を見せてくれました。またアクリル板なのかな、「海」を表現するのに非常に効果的です。

個人的にはもっと時系列ぐちゃぐちゃにしながらも、最後に収束っていう構成もいいなあと思いましたが、こういうわかりやすさがあるからこそ、ラストの特攻隊員の孤独な死の虚しさが引き立つのかな?と思いました。

新年一発目から、すばらしい作品を見たと思います。この作品は当日券でもいいので、もう一回みたいな。それくらい観劇後にずっしりと自分にのしかかる作品だったと思います。