Electric Sheep

徒然なる日々の記録

もう少しだけ「Mr.カミナリ」の感想

どっちかっていうと、演技評みたいな感想だったので、ストーリーについて少し。

金沢さんの書いた脚本は、以前からのSET座付きの大沢さんのテイストを引き継いで、SF的な世界観や設定から始まるけど、最後は郷愁感や人の心みたいな部分に落とし込んでいくという流れを引き継いでいました。大沢さんのときは「丸越万太シリーズ」のような完全なコメディでも、基本はアットホームなエピソードを盛り込むので、今回の「カミナリ親父の復活」という主題の時点で、「三丁目の夕日」のようなノスタルジック感を持たせつつ、「教育現場」という話をどう盛り込むのかは、なんとなく予想はできたかな。

「コーラス」という協調が禁止された教育方針と、そこで「道徳」という授業で、人に対する考え方を教える「Mr.カミナリ」という構図は、対比にはなりますが、同時にそれが破たんすることを暗示していた気がします。それから九州でカミナリが導入されないのは、九州という土地の持つ風土が、ある種「父性の強さ」が根強い地方だからということも関係あると思います。

ストーリー自体は特に解釈が必要な場面は多くなく、「コーラス」という共同作業が持つ調和だったり、共同作業のもたらす自信とか、「歌」が持つ力(勇気や記憶への引き金)という場面を盛り込んで、古き良き時代の「良いもの」がどう別の時代に活かせるのか?どう残していけばいいのか?をカミナリ達の存在意義を通じて、うまくまとめていたと思います。

「歌」が記憶への引き金というのは、比較的よくつかわれる素材ですが、それをへんに小細工せず真正面からストーリーの真正面に使ったのは、潔いなあと思いました。また、その「歌」や「コーラス」というものを通じて、いろいろなものが引き出されていくのが、「Mr.カミナリ」だったり「ワイフ」だったりと「人」でないものたちが目覚めていくのは、この辺りに「現代人」の様子を重ねているんだろうなあ。

戯曲全体を通じて、ヒロインの純粋さが現代社会に埋もれがちなものの象徴だったり、子供に伝えるべき協調性はどうあるべきなのか?みたいなものが真正面に描かれているので、普通に見てしまうと白む部分が出てくるものですが、それをうまく外したり、直接的に見せながらも笑いを盛り込むのが、三宅裕司さんの演出。さすがだなと思います。

芝居の感想を作者の金沢さんにTwitterで送らせていただいた返信に「勝ち負けではないが、台本が演出に勝てなかった」という文章があって、もちろんそんなことはないんですけど、そういう演出と脚本の葛藤が、また芝居らしい話だなと。

笑いの要素に「弄り」はあるけど「貶め」がないのが、まずさすが。それっぽいネタでもうまくポジティブな話に変えるあたりも、三宅さんらしい。カツラネタも、要所要所にうまくあてはめて、いい笑いだったと思います。小倉さんの歌唱シーンは、元ネタいわないと、年配の客以外わからないよな、、、自分はわかってしまいましたが(笑)

カーテンコールでの小倉さんの話は、結構かぶり気味というか35周年なので、似たようなエピソードが多かったのかな? 芝居はやはり「ライブ」なので、そういう日々変化していくものを楽しめるのは、うれしいなと思います。今回乃木坂のファンの方で、桜井さん。衛藤さんが推しの方は複数回見ているようですが、それでも毎回楽しかったというコメントが上がるのは、やっぱりその日の観客や雰囲気で、変化していくし、三宅さんをはじめとする劇団員のアドリブの妙ですね。

笑いの要素、戯曲の主題、変わっていくこと変わらないことをどう見せていくか、これからのSETがどう変化していくのか、、、高齢化も含めて転換期は来ていると思うので、どうなるのか見ていきたいと思います。