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Electric Sheep

徒然なる日々の記録

「明治大学対慶應大学」

今日の秩父宮、昨日と違って結構スカスカ。自分も仕事で行けなかったので、テレビ観戦です。
慶應24-18明治
自分は正直、慶應というチームに関しては、あまりよい印象がありません。「魂のタックル」という表現はよく出てきますが、それは個のプレーの称賛としては良いかもしれませんが、チームとしての戦略ではありません。少なくとも慶應には看板となる戦術は、想定しにくいなというのが自分の印象。もっともどういう選手層なのかによってアジャストできるという評価もありますが。
基本、明治ファンなので、15-0になるまでは、さすがにいい圧力かけてるなという印象を明治に持ちました。慶應は明治のFWの圧力と前に出る動きに押されているシーンがほとんどでしたので。
しかし、今日の試合に関しては慶應を称賛したいと思います。勝ったからではなく、その劣勢からチームとしての意思を強く感じたからです。ハイパントに対するボールを絶対に取るという姿勢、さらにそのボールをきちんと活かそうとする戦術、相手に渡さないというボールコントロール、そういうものがきちんと出た試合だと思います。筑波に勝ち、青学に負けてチームとして、きちんと修正を図ってそれを実践できる、慶應というチームの対応力の高さを強く感じました。
一方の明治、負けるべくして負けたなと思います。15-0でリードしたところまで、うまくいきすぎたということもありますが、問題はそのあとの慶應のボールに対する働きかけに対応できない能力、ボールが渡り続けて、ようやくコントロールできる場面になっても精度の低いボールの動かし方、どれをとっても「これじゃあ、負ける」としか言いようがないし、気持ちの面でも途中からは勝てる要素がなかったです。自分は後半6点差まで詰めているシーンで、明治ボールで展開をするところで、10番が適当にボールを出して、そのボールを誰も拾えずに転々と後ろに転がって、最後は慶應ボール、、、このシーンが今の明治かなという感想です。
プレーの質の問題もありますが、そういうボールをその場面で平気で出す10番が、このチームの要ということが問題でしょうか。たぶん、こういうレベルでやるような選手がこれからもレギュラーなら、暗黒時代にすぐに戻るでしょう。才能集団の明治にはそういう質の低さや、そういう場面でそういうボールさばきしかできないことのひどさには気がつかないでしょうから。
普段スポーツを見るときは「気持ちで勝つ」っていう論調はあまり好きではありませんが、楽天や慶應を見て、やはり気持ちは絶対に必要ということを改めて痛感した11/3でした。