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Electric Sheep

徒然なる日々の記録

「クレージーハニー」atパルコ劇場

昨日の夜の追加公演を見てきました。
基本的に男性の脚本・演出という作品を見ることが多い自分は、初の本谷有希子さんの作品でした。最初のぴあのプレオーダーでは外してしまいましたが、パルコ劇場の追加受付で確保。ラグビーの日本代表壮行試合とかぶっていたのをすっかり忘れていたのですが、まあ仕方ありません。ラグビーは本大会でいっぱい応援します。
キャスティングとしては、話題性十分な長澤まさみさんとリリー・フランキーさんがどう絡んでいくのか? 本谷さんの事前のコメントVTRではスカッとした芝居にするとありましたが、どうだったのか簡単に感想をまとめようと思います。
一応ネタばれなので、隠しておきます。
長澤さんの役は、昔一度だけケータイ小説がヒットした小説家。リリーさんはその作家とつるんでいるオカマという設定。出版社の編集担当が、この二人のトークショウを企画し、そのイベントに来たファンとのやり取りを本にしようとするが、実は作家のほうがこの企画をつぶそうと考えていて、、、、、というイントロ。
作品の中ではファンたちの持つ「作家への愛情と幻想」を完全に拒絶をする作家と、その拒絶の思いを知るオカマがひたすらファンをそして、ビジネスという観点以外では作家をばかにする編集者もコケにしようとしています。ファンの持つ批評性とか思い込みとかいろいろ拒絶に走るっていうのは、わからなくもないけど、その動機というか拒絶したいというか必要ないという意味を自分の中で探してしまって、少しそのあたりのずれが最初はピンと来ていなかった。作家として売れてからの人とのかかわりがどうなっていったか?という解釈しかなかったけど、まあほかにもいろいろこめられているんだろう。自分の理解不足。
逆にファンの描写はある意味、典型的なものが多いけど、少し人数が多すぎたかな。顔というか個性をあまり感じさせないために、その他大勢みたいな感じにしたかったのかもしれません。こちらに関しては、前半での作家への思いと後半の作家を見捨てるまでのプロセスがやや強引ではあるけど、まあ幻想を砕かれたファンという結末にするためには、その変化は多少無理があっても仕方ないかと。後半のつるんでいるオカマを排斥しようとする描写に入った時に、急に集団行動で攻撃的になりすぎた気がしています。それもその他大勢っていう一面性の表れなのかも?
作家は何かを得たかったのか?それとも不必要なものを排除したいだけだったのか?個人的には後者だと思うのですが、本谷さんはそういう描写でイヤな気分にさせるのがうまい作家さんですね、長澤さんはキャラクターとしては全く共感できない印象だったしw ねちねちした追い込み方というか、逃げ場のない追い込み方はなかなかの理屈を持ていましたよ。やられたくはないわ。
最後のオカマが見せる接着剤のエピソードは、自分から世界を拒絶した選択とはいえ、ただそれなら生きる意味はあるのかという思いはします。わざわざ「一人の世界」に入らなくても、ただ決断すればよかったのに、、、あれは作家への友情?
長澤まさみさんは、手足の長さとか舞台に結構向いているかなと。少なくともハセキョーよりは十分に役者として良かった。幅広い役っていうのは少し難しかな?この役も長澤さんにうまく合わせた感があるし。おしいのは掛け合いで少し間の取り方が悪いのと、若干のセリフの聴きとりにくさ。途中、編集者の書いた手紙を読むシーンがわかりにくかったのがもったいない。ただやっぱり美脚w
リリーさんは存在感はあるんだけど、、、オカマにいまひとつ見えにくい。男が女性というかそういう性癖を持っているという部分が、ちょっと伝わってこない。なんか特殊なキャラっていうのが必要というか、恋愛じゃないつるむ相手という部分でこの設定なのかなと少し思っています。リリーさんはちょっとキャラが立ちすぎてますよね。
確かにいらっとしたし、スカッとはしてないけど、それがこの世界観なんだろうなと。普段見ている作品が割と抒情的というか野田さんでももう少し救いというかそういう感じがあるんですけどね。このクレイジーハニーは拒絶で終わっている。こういう描き方もあるんだと新鮮な感想を持ちました。
ちなみにこの作品、WOWOWで放送があるみたいです。10月の編成が終わったあとかな?もう一度見て、また違った印象が出てくるかも知れませんので、楽しみに待ちたいと思います。