Electric Sheep

徒然なる日々の記録

つかこうへい という作家

ワールドカップの決勝という素晴らしい舞台のなかで、こんなエントリーを書いているのもどうなのかと思うが、自分のなかではどうしようもなく大きなニュースだったので、書きたいという気持ちが収まらなかった。
つかこうへい氏が亡くなった。
病名が発表された時点で少しばかりの覚悟がなかったとは言えなくもないが、しかしこういう現実はかなりこたえる。劇作家を始めとする様々な功績が大きすぎてというより、単につかさんの作品が好きだった。つかさんの描く人の生き方が好きだった。そういう作品がもう読めないコトが辛い。
すみません、少し長くなるのでたたみます。完全に感情で書いているので。
自分が舞台鑑賞という楽しさに足を踏み入れたのは、つかさんが舞台に復帰された「今日子」の後の「熱海殺人事件」の1000円公演が始めです。始発電車に乗って、JCBのチケットカウンターに並んで取りました。伝兵衛が池田成志、水野婦警が平栗あつみ、犯人は酒井敏也、刑事は春田純一でした。すごかった、愛子を殺す動機もすごかったけど、その時に出てくる伝兵衛の「踏ん張れたんじゃねえのか?」っていうセリフの重さが本当にずっしり伝わって来たし、この作品を観て芝居って世界に触れる事ができたと思っています。自分の中では作家として観に行っているのは、つかさん、野田さん、三谷さんが圧倒的に多くて特につかさんは「熱海殺人事件」の別バージョンや(シアターXでよくやった、阿部寛モンテカルロver.、買春捜査官など)「広島に原爆を落とす日」(これは小説も素晴らしくいい作品です)「飛龍伝」(神林美智子は美しい、個人的には牧瀬里穂が良かった)、この3本は相当いろいろな役者のver.を観てきました。紀伊国屋ホール、シアターX、銀座セゾン劇場はそのせいか行く回数の多い劇場になっていましたw
つかさんの描く人のエゴだったり、相手を思いやる気持ちの表れ方だったりを見ていると、痛くなってくるコトがとても多いなあと感じます。攻撃的な言動が多いし、在日であるコトを公表してから、そういう他人との関わりという部分での変化は大きかったのかなと勝手に思っていますが。でもその根底にあるのは自分は「踏ん張れたんじゃねえのか?」だといつも思っています。そして潔さです。一見冷たく突き放す言葉や行動の中にいつも隠れている相手への思いやりが見えてくる瞬間に、つかさんの描く人の深さが感じられて、そこが自分の中では堪らなく好きだった部分です。小説でも「菜の花郵便局」は後半涙を流しながら読んだ記憶があります。「蒲田行進曲」では映画版をみると、ヤスの階段落ちが愛情の表現みたいな演出になっていますが(あれはアレで平田満さんの素晴らしさが出ていて好きです)、実際に小説の「銀ちゃんが逝く」を読むと、結局の所その人としての深さを見せているのは銀ちゃんで、小夏を引き受けたヤスが小物なところがこの作家らしい描き方です。銀ちゃんの階段落ちは泣けますね。
これから芝居を始めようとする方、以前も紹介しましたが、このページから、つか作品にあるモノを掴んで欲しいと思います。
>>http://www.tsuka.co.jp/le_daihon.html