Electric Sheep

徒然なる日々の記録

桑田佳祐 全国ツアー「がらくた」東京ドーム公演 11月12日(日)

ファンクラブ先行予約で確保しましたが、最初、一次締め切りをすっかり忘れていて、二次予約でどうにか確保。案の定、あまり良い席ではなかった、、、というかアミューズの先行予約ってPerfumeもそうだけど、よかったことほとんどないから、ちょっと悲しい。とれただけよしっていう話ももちろんあるんだけど。

桑田さんのソロライブに来たのはかなり久々な感じ。ここ最近はサザンで少し復活したくらいで、ソロ自体はちょくちょく年越しライブとかやっていますが、参加していなかった。以前ほどの熱はなくなっているかなあ、、サザンならまだ考えるけど。桑田さんのソロで発信する楽曲が、自分にはあんまりぴんと来なくなっているというのもあるかも。

久々にソロライブに参加だったのですが、アルバム「がらくた」はあまりきちんと聞けていなくて、大丈夫かなあ、、、と一抹の不安が残りつつでの参加でした。

セトリとかはどこかに出ているでしょうし、このあと横アリでの年越しライブもありますから、省略。

感想としては、比較的シンプルな構成で、アルバム曲を中心に披露、後半で昔のソロ曲で盛り上げて終了という、定番の流れ。いや、実にわかりやすいし、そこがデフォでよいと思います。客層も自分も含めて、すでにそれなりな年齢層ばかりです。桑田さんご自身が還暦を越えて歌っているわけで。序盤は声が今一つかな、、と思いましたが、中盤からは慣れてきたか声の張りが非常に良くなって、伸びやかな歌声が聴けました。構成もまあ、サザンらしい演出っぽさを残しつつで、そういう意味では客が望む基本形を外さないという構成は大事なことだと思います。そういう点では楽しかったですが、同時に複雑な気分も。

まずアルバム「がらくた」が個人的にはあまり楽しめていない。いろいろな作風があるうちの一つでしょうが、ポップとしてみても、楽しさをあまり感じていない。これは多分に桑田さんが書く「歌詞」だと思っています。言葉遊びの名手というか、サザンの歌詞で本を出すくらいにその世界観に面白さがあった方だと思います。「女、呼んで、揉んで、抱いて、いい気持ち」とかさらっと書いてふざけることができた方の歌詞としては、ずいぶんストレートでなんというか和風なテイストを意図して出したのかなと。逆に言うと面白さに欠ける部分はあるかな、、と個人的には思っていて、メロディは今一つだけど歌詞で遊んでいる「ヨシ子さん」くらいかな、らしさが強く感じられるのは。これが本編最後ってのもどうかなと思ったけど。

ここ最近、桑田佳祐さんは「再生産」という言葉が使われる方の一人で、ファンとしてはもどかしい限り。ただ実際サザンの「葡萄」なんかも、いろいろと聴いてて難しいかなと。年齢的なもの、事務所やレコード会社内での位置とか考えると、変にとがったものが作れない、、、まあそれはないでしょうけど。それで妥協したら、アーティストとしてまずい。政治性とかは発信してはいけない人の一人だと思うのですが、そういう部分が出てきたことが、やはり桑田佳祐というアーティストにとって、さみしい状況なんだろうなと。個人的にはそういうサザンや桑田さんは面白さ半減。あの佐野元春さんが政治的なメッセージ発信して、結果彼自身のが発表してきたものを否定とは言わないまでも、残念な状況にしてしまったわけですし。

ライブを見ながら、お客さんが楽しんでいる部分が、やっぱり「悲しい気持ち」「銀河の星屑」とかで盛り上がるわけですよ。個人的にもそこは確かに楽しい気持ちだった。それは解雇主義という状況かというと、桑田佳祐というアーティストの良さを感じさせる時代性だと思います。そこから動くことは表現者として大事なことだと思うけど、動いた先に出てきたものがどういうものか?っていう点は、考えておきたい。そこがこれからの桑田さん自身の作るものや、さらに言えばサザンオールスターズとしてどういう作品が出てくるのか?に当然つながっていく。でも自分の中でも、いくらずれたもんが出てきても、ライブで「MyForeplayMusic」「マチルダBABY」「ボディスペシャルⅡ」聞けたらサイコーみたいな自分も間違いなくいるので、結局そういう部分を求めて聞いてしまいそう。

そろそろサザンで活動してほしいなあ、、、、

舞台「散歩する侵略者」 11月4日(土)ソワレ

昼間、ラグビーを見終わってその流れで、そのまま三軒茶屋へ。

シアタートラムは、いつ以来だろう、、、あのくらいの箱の大きさは非常に好きです、東京芸術劇場のシアターイースト、ウエストもいい大きさ。表情がよい感じでうかがえます。

見たのは、劇団イキウメの「散歩する侵略者」です。以前、映画を見ましたが、もともとはこの作品を舞台で見たかったので、非常に楽しみにしていました。正直、映画は厳しかったので。

作・演出の前川知大さんの作品は夏に「プレイヤー」をみたので、どういう作風なのかはうかがえていましたが、この「散歩する侵略者」がどういう作られ方をしているのかは、映画と舞台というフォーマットの違い以上にいろいろと見比べてみたかったです。

で、実際の作品ですが、思った以上にさらっとえがいているなと思いました。もう少し、恐怖感というか、「プレイヤー」の時のような実体のない怖さみたいなものが、ぐっとくるのかと思っていましたが、主人公の宇宙人である「加瀬真治」を若干コミカルにというか、感覚のずれそのままを宇宙人として認識させる演出だったので。ある種のカルチャーショックの状態を見せることが、コミカルさに見えましたし、そういう演出に演じられた浜田信也さんが非常にうまかったと思います。

合わせて加瀬鳴海さんを演じられた内田慈さんは、真治への感情の変化がうまく感じ取れました。映画版のほうがその振れ幅が大きいのかもしれませんが、舞台版では破綻した状態からの会話が進むにつれて、宇宙人である真治を受け入れていく変化が、女性らしい納得の仕方として演じられていたと思います。なんというか、合理的じゃなく、感覚的に受け止めるという点で。

映画版が若干、宇宙人の奔放さによる怖さを出すことで異質感を演出していましたが、今回は天野真役の大窪人衛さんと、立花あきら役の天野はなさんが、無邪気な感じと精神的な未成熟さを見せることで、緊迫感がうまく出たのかなと思います。特に大窪さんは非常に良かった。声が高いので耳に非常に残るうえに、あの目線での人への追い詰め方が、概念を奪われるシーンでの印象を強く残したと思います。このあたりは映画とはフォーマットが違う分、舞台のほうが奪う行為に対する印象が強く残りました。映画版はこの辺りを逆に俯瞰で淡々とえがくことで、奪われる前との落差を描こうとしたのかもしれませんが。

映画版以上に存在感を高めている丸尾清一の存在が、どういう位置づけなのか?が気になりました。映画版では所有という概念をなくすことで、戦争や体制への反対運動をする人になりますが、実は映画ではそれ以上の位置づけが感じにくい。つまり概念を失った一人のその後でしかない。今回の舞台では森下創さんが強い印象を残してると思います。映画版以上に所有を失うことで、社会が今度どうあるべきか?という一つのメッセージ性を強めたキャラクターになっていて、ラストシーンでの丸尾の使われ方を見ても、所有という概念による社会や国という枠組みでのしばりみたいなものに、とらわれすぎないという意図が垣間見えます。

それが一つの前川知大さんのメッセージなのか、単に演出上の手法に過ぎないのかはわかりませんが、そういう気持ちを感じ取った気がします。

戦争が起こるかもしれないとか、この街における緊張感みたいなものは、実感させるには舞台という手法での限界もあり、この辺りはどう見せればいいのかは難しいですね。役者内のセリフで保管していくしかないのですが、想像力としてその緊張感を観客に残せたかどうかは、自分はちょっと微妙だったかなと。

映画版を見たときに、実際小さな町のスケールで見せるほうが、急に風呂敷広げた感じにするよりは良いかなと思いましたが、舞台版を見てそれは間違っていなかったなとは思いました。小さな町で起こった変化のほうが変化に対する怖さがリアルになる。特に鳴海の姉である明日美が家族(親兄弟)の概念が抜けた後の変化が、非常にうまく演じられていて、そういう怖さが見ている人に伝わればよい作品かなと思っていたので。特に寝ている親を無理やり起こして、布団からたたき出すといったエピソードが盛り込まれる辺りは、かなりリアルさがあったと思います。

映画版と大きく違ったジャーナリスト桜井の様子。個人的にはこの舞台版が普通ではあると思います。興味本位から始まった天野真の同行から、概念の喪失を間近に見ることで、自分がどうふるまうべきか決定する。映画版はこの現状に危機感を持たない人間に嫌気がさしたのか、次に宇宙人に体を支配されることを自ら望み、結果侵略を許す立場になって死んでいく。舞台版は人間としての正義感と概念の変化を求めて、丸尾とともに動こうとしていく。まあ、後者のほうが行動原理が理解しやすいということだけかもしれませんが。

最後の加瀬真治が鳴海から「愛」という概念を奪うことで、「侵略するかわからない」という結末ですが、その愛情が結果として誰に向けられているものなのか?というところがポイントなのかもしれません。そして、天野・立花の二人がそれを共有したときにどうなのか?は描かれていないのでわかりませんが、そこがあるとこの作品の面白さがさらに広がりそうな気がします。宇宙人としての対比が必要だったと思うので、このあたりは前川さんの意図もあるでしょう。

個人的には映画版以上に面白いと感じました。映画は緊迫感の要素を、概念の喪失から侵略の危険に変化していきますが、そのプロセスがうまくまとまっている感じがしないので。舞台版のほうがシンプル。もちろんフォーマットが違う以上当たり前ですが、この作品においては、そういうシンプルさのほうが伝えたいことが明確でよいなと感じた二時間でした。

ラグビー「日本代表対オーストラリア代表」戦を見て

だいぶ遅くなりましたが、感想を簡単に。

まず、観客数が公式で4万人越えは、招待もいるにせよよかったかなと思います。

もう少し入るといいのですが、現時点でのプロモーション状況を考えるとやむなしかと。でも新しい観客さんも多くて、自分が見たエリアのすぐ後ろにいた二組のカップルの女子はものすごく楽しんでいて、こういう方が増えるとよいし、そういう人を呼ぶための施策はどうするのか?をファンも含めて動いていければいいなと思います。

 

さて、試合内容ですが、結果としては

オーストラリア代表63-30日本代表 という結果です。

後半だけ見すると28-27とだいぶ競り合った内容ですが、前半の35-3が課題でもあることは明白。

実際、DFに関しては、ファーストタックルのあとの動きで相手の突破をカバーできず、ある程度密集に人を集めて、外の薄くなったところにペネトレイトされるという展開が続きました。日本はボールをキープしてアンストラクチャー状態を作るべく、キックで陣地を取りに行きますが、結局攻撃の機会を手放すだけの状態を繰り返し、失点を重ねるという悪循環。JJの考えるオフェンスは理想としてはわかるが、まずキックで相手のシステムが崩れたところで、どう日本がそこをもう一回オフェンスにつなげるかの方法論が希薄で、実際その動きになっていないように見える。今後の練習などで機能していくかは未知数だが、このままの状況では難しいのかなと思わせる。フィットネススピードが上回らないと、その状況をもう一回優位にする場面が思い浮かばないからだが。

後半は田村が入り、オフェンスリズムが良くなった。前半は松田力也で正直うまく機能している感じはしなかったが、それ以上にDFの厳しい場面が続いたということもあるかな。後半のオフェンスはモールの組み立てなど、ある程度計算できる部分があったのは大きい。ラインブレイクして取りきるところがあまりなく、この辺りも課題ではあるが、力関係を考えると贅沢は言えないか。

いずれにせよ、完成途上の状況の中で、いろいろと課題がチェックできると割り切るか、もう少し結果も考えるか?は難しい。なにしろ集客ができないと赤字運営になるワールドカップだけに、どうお客に現地に来てもらうか?という大命題があるので。

後半は面白い場面も多く、こういうオフェンスなら機能するとか、DFはもう少しファーストタックルの精度を上げていかないと、、横の動きに対応しきれていないとか、いろいろと見えてきた点があった。

メンバーも今回はレメキや姫野といった興味深い選手が多かったのも事実。どういう仕上げ方をしていくのか、あまり悲観的にならずに注目していきたい。

雑記 11月4日 移動が疲れた、、、


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自宅から急いで出て、まず新横浜に行き、日産スタジアムラグビー観戦。日本代表対オーストラリア代表の試合を楽しむ。見たなりにツッコミどころはいくつかあるが、そこは後で振り返っておければ。

その後急いで移動して、三軒茶屋のシアタートラムへ。劇団イキウメの「散歩する侵略者」のソワレ公演を楽しむ。

あのくらいの箱の大きさが非常に良い。作品も、正直映画版に比べて、断然良かった。緊張感と、ちょっとした会話の笑いのギャップというかキャラクターの造形とかいろいろ。

これもどこかで感想をまとめようと思います。

とりあえず移動に疲れた、、、最初から狙ったわけでもないのだが、早い段階でイキウメを決めていて、あとからラグビーが発表されたので。

明日からまた忙しいのだが、疲れたながらも、楽しい時間を過ごしたので、文句を言ってはバチが当たる。

そういえば、移動の合間に、香取くん、草彅くん、稲垣くんのネットTVを見ていたけど、あの森くんとの会合は楽しかったですね。いろいろな思いが詰まった部分とか、ぐっと凝縮された感じが、周りの一視聴者にも伝わるくらい不思議な時間でした。

でも、あの三人の楽しそうな感じ、狩野英孝さんが出た辺りとか自分も笑ってましたけそ、ストイックに王子様ではない、等身大の三人という楽しみ方をしていて良かったです。いい企画でしたね。

ラグビーや舞台の感想はあらためて。

雑記 11月1日 BORDER 贖罪の感想とか

もう11月という事実に結構びっくりする。

あと二ヶ月で2017年が終了するという事実は、実感として「うわー、もうかよ」っていう、毎年ながらの感覚ですが。

いよいよ来週には乃木坂46の東京ドームでのコンサート、更に桑田佳祐さんのコンサートもあるので、11月はイベントラッシュ。今週の土曜日にはラグビーの日本代表対オーストラリア代表の試合を見て、その後劇団イキウメの「散歩する侵略者」を見に行くというスケジュール。なんでか重なってしまった。いずれも感想などは書けるものに関してはまとめる予定。

そういえばこの間放送された「BORDER 贖罪」が非常に楽しかった。

レギュラー放送の最終回で、自ら罰する側に回ってしまった石川が監察からの追求を受けつつ、新しい被害者の救済のために動くという話。その救済を通じて、彼自身の為すべき事の方向性を自覚していくという結末が、ある種の開き直りでそれはそれで良いかなと思えた結末。もちろん石川の行った行為自体の是非は言わずもがなだが、ドラマ世界としてああいう道筋を見せるとは思っていなかったので。最近はいろいろと厳しい指摘が多くある世の中なので、ああいった決着って人によっては正当ではないという正義感プンプンの人っていそうな気がしているんですけどね。ただ、そういう現実世界の尺度とは別にあのドラマの世界観があることを考えると、あの石川の「暗闇を照らす自覚」は、最後に破滅していくであろう石川の行く末も含めて有りだなと思っています。

あの決断をさせたなら、ぜひ続きが見たいところ。すぐには無理かもしれませんが、期待したくなる結末だった。

で、更に驚きというか、現実の怖さを座間市の事件で思い知らされる。ドラマを見たあとにこういう形でこの事件が出てきたことに驚きだったし、現実世界の闇の深さをあらためて実感しました。サイコパスとかいろいろな言葉がネット上にも飛び交っていますが、なんかそういうアイコン化した言葉よりももっと深くて暗い闇がすぐそばにある世界だと、こういう話が出てくると思います。

体調はだいぶ戻ってきていて、まだ怪しい部分もありますが、よくなってきている事が実感できるのはありがたい限り。

このブログ、普段はあまり見る人がいないのですが、急にアクセスが増えていて「何故?」と思ったら、先日WOWOW三谷幸喜さんの「子供の事情」を放送して、その感想を検索されてアクセスが増えたことに気がつく。読んで頂いた方、拙い感想で申し訳ないm(_ _)m

また機会があったら、頑張ってもっと良い感想をお見せ出来ればと思います。

 

舞台「見殺し姫」10月14日(土)ソワレ


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乃木坂46三期生が出演した舞台「見殺し姫」を先日、見てきました。場所は渋谷のAiiA2.5シアタートウキョウです。乃木坂ファンにはすっかりおなじみの場所でしょうか。三期生は以前「三人のプリンシパル」という作品に出て、演技の経験はありますが、本格的な舞台作品は実質これが初めて。現在非常に人気が高い三期生メンバーに対する期待も高く、どういう演技をするのかが注目を集めていました。TL上では俗にいう「落選祭り」でしたが、自分は運よくこの公演だけ確保できたので、仕事終わりに見に行きました。ちなみに前回の「プリンシパル」は申し込み自体を忘れていたので、未見です。その時からどのくらい成長しているか?などは正直わからないので、単純に作品に出演したメンバーの演技を見て感想を書いておきたいと思います。

まず、真っ先に思ったのは、脚本・演出の松村武さんがよい仕事をしているなあということ。正直「犬夜叉」のような脚本になったら厳しいなあという気持ちだったのですが、完全オリジナルということで、時代設定的にはあいまいな平安~戦国時代あたりのストーリーを自由に描いたと思います。また12人のメンバーのための当て書きも、運営とのヒアリングも含めてしっかりされていて、個々のメンバーのキャラクターを活かした設定をはめ込んでいました。見に来たファンの方々もある程度納得できるというか、すんなりと入りやすい部分は多かったと思います。正直、12人プラス藤木孝さん、かとうかず子さんは多いなあ、、、と思っていて、どのように進めるか?という危惧もありましたが、普段カムカムミニキーナで作られているだけに、さすがの按排でした。

ストーリーは、ある国を治める女性の長(おとど)と、諸国から集められた人質の姫12人、その姫のお世話をする爺や(蓮時)の運命について描いていきます。語り部は蓮時役の藤木さんと、汐音姫役の久保さんが進めていきます。自分たちがなぜここにいるのか?疑問を持ち始めた久遠姫(与田さん)が行動するところから物語は始まり、姫たちが少しずつ自分たちの運命に不安と疑問を持つ。中盤以降、自分たちを人質という立場とはいえ、育ててくれたおとどの窮地を救うため、12人の姫たちは「赤兎」というおとどを守る軍団として活動するが、結局最後におとどは病死、そして存在意義のなくなった12人はそれぞれの人生の方向を向いて歩み始める、、、という筋立てです。

ストーリー的には悲劇と見ている感想が多く、個人的にはちがう印象を持っていたので、そうかー、、という感じでした。まあ梅澤さんの朱雀姫などは確かに最後、妾として自分たちを襲う諸侯のもとへ行くとか、何人かの姫には必ずしも夢と希望という感じがなくなっているという部分もあるからだとは思います。自分としては、最初は人質としての一生に疑問を持っていた12人の姫が最後は人質ではなく、自分の選択でそれぞれの進む道を模索した結果という感じで見ていたので、その運命からの解放という時点で、割とポジティブじゃないのかな?という解釈だったので。Twitterでも書いたのですが、むしろもっと悲劇性が高い結末のほうが、おとどに翻弄され続けた人生として面白くなったのかなと思いながら。後半、病床にあるおとどのところへ、「赤兎」として活躍した12人が臨終の場で「この人質たちを殺せ」といわれるシーンがありますが、あそこでおとどが「自分もそういう運命を歩んできた」と独白する形でそのまま終わってしまいます。あそこで本当に殺されるために追われていく12人を描いたら面白いなあ、、、と思っていました。あそこでおとどが死んでしまうことで、その人質としての人生が終焉してしまう。人質時代のもとの屋敷に戻って生活をまたしますが、それはもう「見殺し姫」としての人生ではないことが、一人ひとりの選択を生む状況になっています。もちろん病気ですぐに死んでしまう、超能力を扱ったことで異端者として見せしめで殺されるなど、人生としてはいろいろとありますが、少なくとも人質ではないことと、一時はおとどを助けるという目的を持ったことに意味があるのかなと。多岐都姫のように自ら戦地に赴き、おとどの遺志を守るといった動きをする姫もいたりで自分の運命を自分の意志で変えたことが、この筋書きのポイントかなあと。

だからまあ、悲劇的にしたらおもしろいかなという感想だったりもするのですけど。あと、序盤の姫を紹介しつつ現状を見せていく流れが、結構単調でそこは正直面白くはなかった。動きが少ないのは仕方ないのですが。人物紹介はどうしても必要だし、特に12人のバランスもあるので。

メンバーたちはよくやっているという印象の子が多いです。やはり演出上も今現在の力量に合わせて、バランスをとったせりふ量や演技になっていました。ファンの人によっては、もう少し出番が、、、という人もいるかもしれませんが、あの人数でのあてがきと演出全体を考えると、現在の力量でバランスをとるのは仕方ないことだったと思います。そんな中、語り部として頑張っていた汐音姫役の久保さんは、しゃべり方がやはり評価できる部分だと思います。せりふを語る明瞭さや落ち着きが評価できるところかと。実際は大役なので緊張も大きいでしょうが、決して動じることなく落ち着いたしゃべりを披露していたと思います。一定のリズムで発することは難しかったでしょう。逆に落ち着きすぎていた分、感情の抑揚が付きにくく、ラストシーンのような場面では感情が乗ってきていますが、逆にリズムが同じになりすぎるのも難しいところ。淡々と語る感じになってしまうといけないので、演出の問題もあるとは思いますが、これからいろいろと経験していくと細かい抑揚の部分なども身につくと思います。

沙霧姫の山下さんは、汐音姫が語りであるなら、位置的には「観察者」でしょうか。ゲネプロでの記者会見でも「目が強い」という話が出ていましたが、彼女が持っている「目の強さ」がそのまま沙霧姫のキャラクターに宛てられていた印象です。山下さんは意識的に声の抑揚をつけていた印象です。演出的なよい悪いではなく、取り組みとして評価できます。他の姫との対比を考えても、明るさや好奇心といった姫の印象が残ったと思います。もっと天真爛漫な感じがあってもよいのですが、あまりはしゃぎすぎると大園さんの那由他姫とキャラクターがかぶってしまうので、難しいですね。演技でいろいろと身に着けていくなら、今は意図的にオーバー気味に演じるのはありだと思います。そこからそぎ落としていけばよいので。彼女はもっと怖い役でもいいかもしれません。

もう一人、動きを生み出すポジションだった久遠姫の与田さん。うまくなったというTLでの感想が多く見受けられて、どういう感じかなあと思ってみていました。正直、久保さん、山下さんに比べると、もう少しかなという印象です。ストーリーを動かす役柄でもあるので、演出上も場面内での役割が増えています。日頃の乃木坂でのキャラクターから考えると、まったく違う役柄なので、よく頑張っているなあと思います。久遠姫自体が人質としての自分を変えたいという意思を持って行動するのですが、叫んだり行動力が見える場面で、やはり一本調子でせりふを言い続けたり、体の動きもメリハリがまだ弱いので、この辺りは経験値とか、与田さん自身の想像力の部分かなと。ぎこちない感じがまだ強く残っていたという感想です。そういう部分で変化が出ると、登場してすぐの場面での焦燥感みたいなものがもっと迫ってくる感じになった気はします。

今回、主にこの三人が役柄の中で強い意味合いを持たせたのは、もちろん運営の評価というところもあるでしょうし、現在の力量という点も加味してのことだと思います。そこは妥当だなと思いながら見ていました。朱雀姫の梅澤さんは声が高くないことが、逆に舞台上ではよかったかなと思いました。立ち姿も舞台映えしていますし。セリフ回しなどはこれからの経験次第でしょうか。年長者という役柄なせいか抑揚を抑えた感じですが、単調すぎたかもしれません。大園さんは演技というフィールドよりは、たぶん違うほうが彼女の良さが光るかもしれませんね。それぞれ特性があるので、それでよいと思います。彼女に限らず1・2期生にも同じ話は言えるので。ダンスのシーンでの阪口さんの切れっぷりがすごかった。手足の動きの滑らかさ、指先まできれいに見せる。止める、動くの切り替えなど並んで踊っているシーンでひときわ目を引いた気がします。ライブとかでまじかで見る気があればいいなあと思いました。

 

今回はよい戯曲だったのが、非常に良い方向に舞台の完成度を向かわせたと思います。もちろん経験値が浅い三期生が演じた舞台なので、演技力含めて足らないところが多いのは事実です。それでも、ある程度の完成度をもって観客に見せることができたのは、まずは松村武さんと運営がきちんとすり合わせて、三期生一人一人のキャラクターになぞった姫を置いたこと、その役柄を自分たちなりに消化して演じたメンバーの努力、藤木さん、かとうさんの力量など、いろいろな要素がマイナスにならずに組み合わさって、この「見殺し姫」になったと思います。このタイミングで見ることができてよかったです。

別件ですが、今回は非常に残念な出来事があって、それは観客側のマナーです。自分の周辺の私語の多さ、前のめり、いびき、、、、マナーの悪さは毎回指摘されることが多いのですが、自分も改めてそれを経験して、情けなさと憤りは感じます。乃木坂の芝居だから身内というか乃木坂とそのファンの芝居だから、よくはないけどでもまあ、、、という考えも多いみたいですが、個人的にはどんな舞台であれ、だめなことはダメで終了かなと。となりでずっとしゃべっていた二人にはさすがに声を掛けました。演劇を見に来るという状況は、アイドル向けだからとかどうとか関係ないと思っています。非常に残念な話です。

さて、次は東京ドーム二日目に行って、乃木坂46のドーム初公演を楽しんできます。若月さんはいませんが(残念)。

若月佑美の先に見えるもの

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推しに似て、少しポエマーなタイトルという気はしますが(笑)

ここで少し自分が応援しているアイドルグループ「乃木坂46」の一期生、若月佑美さんについて、いろいろと思うことを書いてみようと思います。

特に結論はないのですが、今後彼女が目標としている「女優」というポジションへの過程を振り返りつつという感じです。

ものすごく狭い範囲に向けた文章という気もするので、こういう方面に全く興味のない方は本当にすみませんということで。

ちょっと長いので畳んでおきます。

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