雨の中を泳ぐ日々

思いつくがままの気分の記録

日大フェニックス、今回の出来事に関する雑感

Twitterではいくつかつぶやいていたが、なかなかうまくまとまった感じもなく、また日々見ていても、もう炎上のほうが大きく、どうしようもなくなっている感じはある。

もちろん、あのプレーに関しては、何度も言っているが「糞」です。アメフトを見てきた人なら、即座に中指立てます。ただ実際はそこだけにとどまる話でもないかと思っています。もちろん「殺人未遂罪」とかいう意識高い系とは一線ひかせて頂きます。個人的には今回の出来事に関して、正直結論があるわけでもなく、大学・連盟の正式調査と処分、および発表を受けたうえでの話だと思いますが、何となく思ったことを少し書いておきます。

まずはこの話の発端、5月6日の日大対関学の春の定期戦での出来事。

試合途中で日大DLの選手が関学QBに対して、パスプレー終了後に背後からレイトヒットでタックルを浴びせています。QBが完全に無防備だったので、当然ながら反則行為。このあとのDLの選手は二度、問題行動を試合中に行い、結局退場処分になっています。

 


【問題シーン】関西学院大学ファイターズvs日本大学フェニックス・反則・ラフプレー

問題点はいくつかあり、

1、なぜこのようなプレーをしたのか?

2、現在の報道における監督の指示がどこまでだったのか?

3、日大側の対応の是非

などはすぐに出てきます。

 

まずプレーの意図ですが、正直ここがよくわからない。春の定期戦で、相手選手をつぶす必要はどこにもない。オープン戦レベルの試合なのだから、スカウティングして秋にその情報を活かせばよい。けがをさせる理由がそもそもないと思います。一説には報復説が出ていて、つまりこの試合中にフェニックスの選手が関学の選手に痛められていて、その仕返しという話が出ていますが、だとしたらその話がもっと出てきてもよいのですが、そういう話もないので、真贋は不明です。こんなプレーをすれば、アメフトファンは非難轟々ですよ、間違いなく。こんなプレー、選手側だって普通はやらない。だからこそ、なぜこんな反則がこのシーズンの試合に出てくるのかが、わからないということです。

一発退場がなかったこと、関学側が試合中に抗議をしなかったことは、春シーズンの定期戦であるということもあったかもしれません。その後、なぜ繰り返し反則行為をしたのか?その意図について選手や監督からの発信がない以上、不確定なことしかないのですが。

二つ目の監督の指示の有無ですが、アメフト経験者あたりの最近の発言では、やはり指示がなくこういうプレーはしないでしょうという意見が多く、自分も実際何らかの意図は伝えられていたのかなと思います。

秋に備えてプレッシャー掛けろは、おそらく十分にありえる話。ただし怪我をさせろは、どう考えてもおかしな指示だし、言っていないだろうではなく、どういう意図があったのか?を早く関学側に釈明するべき。そしてその意図がどの程度のところまで踏み込んだものか?というところです。「つぶしてけがをさせろ」というレベルだとしたら、スポーツ指導者としての資質の時点で失格。ただ、それをあんなあからさまに批判される場面で指示するのか?という疑問はあります。はっきり言ってバカすぎますからね。相手に圧力かけるって、もっと巧妙にやりませんか?まあ、そうじゃなく、指示したんだとしたら、それはそれでいっぱい処分されてくれとしか言いようがありませんが。

意図しなければやらないプレーを、どこまで指示したら、あの背後からのレイトヒットをし、そのあとも二度、反則行為を繰り返すのか?がわからないので、どういうことなのかな?と。

三つ目の是非の件は、これが一番間抜けで、まず日大の対応のまずさが目立つ。謝罪を公式HPに乗せることは当たり前、さらに関学の怒りの会見について、日大側がどういう対応をしたのか?が今一つ不明瞭。関学側は、日大に対して基本同じ側ではあるわけですよ。何しろお互いをきちんとリスペクトするからこその関係性ですし。だから余計に怒るんだと思います。このシーズンにあのプレーはやらないし、あんなことをやったら選手がどうなるかを「お互い」わかっているはずだから。それはほかの大学も同じです。日大があんなプレーを容認しているような空気が出ているから、定期戦や交流戦を拒否するのは当然です。相手チームとの信頼関係が成立しない。

内田監督の試合後のコメントの内容も、受け止め方によってマイナス要素も非常に多く、そこもまた世間的に良くない風潮を増長させています。さらに日大広報の公式発信が「意図的でない」と断じたものだったこともマイナス。これ、あとで調査などから色々出てきたら、嘘にしかならない。こういうことは「調査中です、相手チームには申し訳ない」というスタンスを崩すなと。リスクマネジメントの勉強をしていないのか?と言いたくなる。

一部の意識高い系のTwitterでは、内田監督の現在のポジションがどうとか、日大の内部における問題とか、いろいろな話にまで幅を広げて、発信をする人が多く、すでに「反則行為」の話が「殺人未遂」にすり替わり、退場にまで至った経緯全体をみた発信をする人が、ほぼ皆無なままこの話がタックルのシーンを繰り返し流し、テレビでは今後コメンテイターがしたり顔で話し、おそらく坂上忍あたりが今後いろいろと偉そうに語ったり、報道ステーションとかにまで出てくる可能性があるかと思うと、憂鬱でしかないです。

本来はそういう話ではなく、きちんとアメリカンフットボールという一つのスポーツ世界の中で、治めるべき案件が、気が付けは日本スポーツの指導論での悪習とか、スポーツ教育における勝利至上主義が生み出す無法とか、本質からかけ離れた話ばかりが、SNSではRTされ、影響力の高い発信者がさらに拡散するという状況だけが起こっています。

そっちじゃないよと。

まずは関学に対する直接的な説明と、謝罪が大前提。そこから関東に限らない大学フットボール全体に対する日大フェニックスの反省と処分、姿勢をきちんと見せてもらうべき話です。社会問題になってしまった以上、何かしらの発信は社会向けにも必要になってしまいましたが。

アメフトを楽しんできた自分は、このスポーツがこういう形でしか、大きく扱われない状況は残念だし、そういうツイがやはりアメフトファンからは多く見受けられます。責任の所在含めた処分も近いうちに出てくるでしょうが、何であれフェニックスが日本アメリカンフットボールに与えている有形無形の影響や存在感は、特別なもの。良い意味できちんと処分を受けて、またチームをきちんと作ってほしいと思います。

ナイロン100℃「百年の秘密」2018.04.29(日)本多劇場


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ナイロン100℃の本公演「百年の秘密」を見てきましたので、感想を簡単に。

日程的に今は兵庫や豊橋を回っているかなと思います。東京はいつもの本多劇場で。年末に「ちょっと、まってください」という不条理劇を見ましたが、今回はベイカー家の娘とその友人の一生を描く作品です。年代記であると同時に、二人の女性の一生を描く作品になっています。

主演は犬山イヌコさん(ティルダ)と峯村リエさん(コナ)。ティルダがベイカー家の一人娘、コナは幼少に転校してきたティルダの友人ということで、その後の二人の結婚、家庭の様子や不和、老後、死後という流れがランダムに舞台上に展開されます。

ストーリーとしては、ベイカー家は、家庭崩壊を緩やかに続けていき、いったんは没落するも、ティルダの息子フリッツ(泉澤祐希さん)が最終的に家を建て直し、そのあとティルダの孫が引き継ぐというながれで終わります。この舞台はこの流れに至るまでの、ベイカー家で起こった出来事を時系列を崩しながら、過去や未来へと状況を描くことになります。

例えば序盤でまだ少女のティルダと、向かいの家に住む弁護士フォンス(山西惇さん)の会話が出てきます。ここではフォンスは奥さんが病で死にそうになっているが、実は奥さんを看護するメイドと不倫していることがわかります。そんななか、ティルダにフォンスが本音みたいなものをなぜか話してしまい、その場面は終わります。同時にコナはティルダに会いに行こうとするがトラブルがもとで家の中に入りにくくしている。その時にティルダの兄エース(大倉孝二さん)の友人であるカレル(萩原聖人さん)が来て、コナを連れて家に入ろうとする。で次の暗転後に、ティルダはフォンスとコナはカレルと結婚しているという筋書きになっています。

こうやって前の時系列や出来事のつながりを時間軸をいろいろと動かしていき、見ている側のこれはなぜ?みたいなことに対する回答が次の場面で語られたりという流れが進んでいきます。ラストシーンの二人がカレルの手紙を隠すシーンが、この二人の運命を動かす発端になっているのも印象的です。

このストーリーの演出は非常に面白くて、基本起こっている出来事をなぞっていくスタイルです。そのなぞるスタイルの中心は「大樹」です。この大樹が俯瞰的にベイカー家に起こった様々な出来事を見つめるという感じに思えます。ベイカー家にとってもこの木は昔から家を守る象徴でもあり、この木に見守られることで家が保たれてきたという思いが随所に出てきます。この木を中心に据えることで、ベイカー家に起こる出来事に関して、個人的にはそこに出来事はあるが、ドラマティックに描かないという感じがかえって新鮮に思えました。コナの夫が最後に学生時代に好きだった先生(その時はすでに老女)と心中するとか、いくらでも劇的に描ける話をあえて淡々とコナがせりふにして終わっていく流れなど、あくまで年代記の中の一つの事象という感じが、ケラさんの演出らしいなあと。

Twitterで自分は黒澤明監督の「乱」のような感じとつぶやきました。人の視点ではなく、俯瞰的に見つめる大樹の視点が、「乱」における神や自然の視点という感じにすごく似ているなあと。年代記はそういう視点だから成立するかなと。例えばティルダとコナは物語の後半で、幼少時代の友人であるチャドに銃殺されます。それはティルダが保険金を残せるようにという目的です。実際は掛け金を払っていないので、保険金は出ないということが次のフリッツのセリフでわかります。本来、主人公である二人の死だから、劇的であってもおかしくないのに、それも出来事の一つということ。そこがこの作品の潔さと面白さでした。

あとは綺麗事にしないこと。ティルダとコナに「友情があって良かった」みたいな軽いセリフを言わせないことがいい。こういうセリフが特に俯瞰的な目線で描かれる作品だと、むしろ偽善っぽく見えるので嫌ですね、自分は。

でもまあ、長いですね、座っていてお尻が痛くなった(笑)

ケラさんの作品はいつも長いですが、今回も約3時間超、たっぷり見せてくれたと思います。次は「睾丸」(さすがのタイトルだ)、池袋の東京芸術劇場での本公演です。こちらも頑張って見に行きます。

雑記 5月2日

ただ今、コーヒースタンドでアイスコーヒーを飲みながらの時間。

先日見たナイロン100℃の舞台「百年の秘密」の感想を少しずつまとめ始めたのだが、どういう方向性で収束させるか?が決まらずに一旦止める。

なので、考えずにだらっと書こうと思って、こっちを打ち始めたが、、、結局まとまるはずもなく。

先週の日曜日に見た乃木坂46生駒里奈さんの卒業コンサートライブビューイングはものすごくよかった。是非、ほかのライブでも実現してほしいところ。同時性という良さもあるし、会場での一体感が薄れるにせよ、表情含めてじっくりと見ることができたし。いい企画だったと思うし、ライト層を呼び込むのにいいきっかけだと思います。値段もライブチケットほど高くはないし。個人的には、やっぱり思い入れが先に入ってしまうので、思い出補正みたいなものが入ると切なくなってしまいました。次のステップがダンスと女優さんということで、生駒さんにはかなり道は険しいと思いますが、少しでも高い位置に上ることができればよいなと思います。

 

かわって、ここ二週間くらいは、サッカー日本代表ハリルホジッチ元監督の一件で、自分のTLもだいぶヒートアップしていたと思います。

田島幸三会長のほぼ独善的な措置に伴う、ハリルホジッチ氏の代表監督解任劇、このタイミングということ、監督手腕に関する評価のあいまいさ、過小評価、西野技術委員会委員長のあやふやさと、その委員長の監督就任、一部選手(本田、香川)の造反と解任への圧力などなど、問題点を挙げればきりがない。キリンとアディダスは本当に評判を落としたと思う。

この件はいくつかツイもしたし、良識あるメディアの発信者がきちんと問題点を挙げてくれているので、そういった方々の意見を読んでおけばよいはず。書き足しておくと、今後の「日本代表」というスポーツへの認識に対して、サッカーに限らず、今回の件がいろいろと思われるだろうなと。特に海外から指導者を呼びたいという時に、この解任の仕方だけは独り歩きする気配は感じられる。もちろん契約などで対応策を図る方向性に向かうだろうけど。外国人指導者は特に契約内容に関しては、きちんと詰めるだろうから結果として、外国人指導者が使いにくい!っていう判断をする古い日本的体質の偉い人は一定数いる。そういう状況が、代表チームのチーム力アップやひいては日本の競技力向上への橋渡しを果たすかというと、限りなくグレー。現に田島幸三は次も日本人監督でとか発言している。オールジャパンって聞こえはいいけど、その閉鎖性がプラスに働くかどうかは日本の技術レベル次第ですよね。例えば柔道でそういう言葉がほぼ出ないのは、多少波があっても日本が一定水準を維持し、かつ外国から研究されたら、対処するだけの柔軟性もタイミングによっては発揮できるという特性が見える。特にオリンピックイヤーに合わせて底上げを図ればよいというのも大きい。もっと言えば、柔道は「興行収入」という側面がほぼないことが大きい。だからアマスポーツとしてのターゲットが決まりやすい。

ここ最近ごたごたしたスポーツはバスケ、相撲、サッカーなどなどいくつか上がるが、興行収益が絡んだ場合、スポンサーやら代表者の権限の主張など、根っこにあるものが結局「人のエゴ」になっているから、まあこういう政治的な側面はどの時代にも変わらないんだなと思う。ある程度は仕方ないとあきらめるが、かといってすべてを丸のみするのも嫌なので、多少なりともいい方向に向かうような行動がとれるときは取りたい。

個人的にはもっぱらラグビーの日本代表が大丈夫なのか?という不安感ばかりが自分にはあるが、ここも動きが見えないというか、ジェイミー・ジョセフ監督の動きに合わせてどこまでバックアップできるか?とかサンウルブズとの関連性が?ということも含めて、あまり批判的に騒がずに見ておきたいところ。

 

演劇関連では、野田秀樹さん界隈が二つ動いて、一つは本公演が秋に決まって、しかもそれが「贋作・桜の森の満開の下」という名作になるといううれしさ。

www.nodamap.com

キャストは夜長姫の深津絵里さんは続投でほかは刷新。いや、これは絶対に行くでしょ。前回、国立劇場で見た時のあの奥行きを使った桜いっぱいのステージはすごかった。もちろん筋書きは言うまでもなく。自分は日本青年館で行われた夢の遊眠社の本公演・千穐楽を見ていて、芝居はすごいと痛感した。夜長姫は毬谷友子さんであの演技はすさまじいの一言で、でも深津絵里さんの夜長姫も同じくらい迫力というか、狂気がすごい。野田秀樹さんの見せる作品世界の狂気と憐憫は、もう受け止める側が一気にそこに持っていかれるので、否応なくそこにどっぷりつかる楽しさが麻薬みたいなもの。

そんな野田さんの作品を若い世代でリメイクということで、初期の傑作「半神」をネルケプランニングが製作することになった。

www.nelke.co.jp

主演が乃木坂46桜井玲香さんと、日舞の藤間爽子さん、藤間さんは阿佐ヶ谷スパイダースにも所属することになって、秋の公演に出演します。演出が中屋敷法仁さん、劇団柿食う客の主宰です。個人的にはとにかくこの戯曲をやるんだという喜びが上ですが、同時に野田さん演出とどう比較されるか?がポイント。比較されないわけがない。野田さんの戯曲の言葉の世界を他人が演出って相当ハードルが高いし、もちろん野田さんは好きにすればというスタンスだけど、実際のところこんな怖い企画をよく受けるよなと(笑)

桜井さんに関しては、乃木坂ファンサイドは演技力問題ないっていうツイが多くて、確かに演技力云々のあるなしは論じることはないと自分も思う(それは松子の演技で十分にわかる)。ただ懸念材料は、桜井さんの演技は憑依型に近く、その場の感覚で表情やせりふの意図をずらす演技が入っていること。これは「嫌われ松子の一生」の舞台でほかの役者さんが話していて、そこが桜井さんの魅力でもあるのだろうが、こと「半神」という作品でそこはどこまで自由さが活かせるか?という懸念。「半神」は何回か見ているけど、特に主役の一人であるシュラにそういう要素は決して多くない。周りが桜井さんの感性に合わせるという流れとも違う。もっと状況に対するせりふに込められた意図が明確な作品というか、野田さんはアドリブは許すが、せりふに込められた意図を変える話前提では演出をつけているとはいいがたい。もっとも今回は演出も中屋敷さんで、そういう部分も含めて主演二人に託すかもしれないし、なんにせよチケットをなんとか確保してみておきたい作品の一つになったことは変わらずです。

 

昨日の夜は「アベンジャーズ・インフィニティウォー」をみて、ただひたすらあの迫力に驚き、さらにああいう作品に仕上げるのか!っていう驚きになった二時間半。ハリウッドというかマーベルはすごいね。この映画の感想もどこかで書くことができれば。日本映画も面白い作品があるけど、基本スケールやら動かす規模という点では、日本はハリウッドを上回ることはないだろうなと、こういう映画を見ると痛感する。

 

演劇という話ではさっきまで、けやき坂46の初舞台「あゆみ」という作品を渋谷AiiA Theater Tokyoで見ていました。柴幸男さんの戯曲パワーのすごさを実感してきました。この感想もいずれ。ちなみにけやき坂のメンバーの演技力に関しては、KERAさん同様に「がんばりなさい」という言葉以外は評するに適切な言葉ないなと思います。

まずはこんなところで。

雑記 4月15日

異動してから二か月たったけど、まあいろいろと思うことが多くて、正直失望感というか、がっかりすることが多くて難しい。

人はイイが、仕事を進める人としては、結局自分がすべてをやりたいという上司は、最終的に周りの人間が「どうせ、あなたがやりたいんでしょ」という空気しか作らないし、事実そうなっている。自分に相談をしますという体を無理やり作っているが、結論ありきなのであまり意味がない形式のみ。

そんなものに付き合わされるこちらも馬鹿らしくなってくるが、それで給料を貰うのも仕事であるということくらいはわかっているので、その責任者に合わせるしかない。

自分の忍耐力がこういう形で試されるとは思っていなかったので、どこまで持つのか不安ではある。

しかし、ほんとに馬鹿らしいねえ、、、、。

雑記 4月3日

自分の職場は新年度が始まるのが、通常とは少しずれているので、すでに始まっているのですが、世間様は昨日から新人が入社して、頑張っていることでしょう。

とりあえずはがむしゃらに働く人もいるだろうし、悩むこともあるでしょうが、、、踏みとどまるも離れるも、どちらでもいいと思いますが、何かをモノにできるかどうかがポイントだと思います。それができるまで続くかどうかも含めて、感情だけでなくきちんと冷静に見極められるといいですね。心が病んでいなければ。

自分は仕事に関しては、いろいろと悩むことが多くて、どうしたものか?という感じですが。ふらふら気持ちが動きます。自分がどうしたいのか?っていうのが、いつまでたっても定まらない(笑)

新しい社会人の方々のスーツ姿を見ると、その新鮮さにまぶしくなります、、、、、というおっさんの戯言です。

三谷幸喜「江戸は燃えているか」2018.03.23 at 新橋演舞場


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三谷幸喜さん作・演出の「江戸は燃えているか」を見てきました。

場所は新橋演舞場です。 普段は大物俳優の公演とか歌舞伎、ジャニーズ事務所が結構使いますよね、次の公演予定もタッキーだった気がする。

三谷さんがこういう箱を使うのは珍しい気もしますが、幕末ものということで、出演者もかなりの大物揃い。期待感満載で見に行きました。パルコ劇場が使えないからってのもあるか、でも大きい箱だったことで、セット組みとかかなりきちんとしていたと思います。

キャストですが、

中村獅童さん

松岡昌宏さん
松岡茉優さん

高田聖子さん

八木亜希子さん
飯尾和樹さん

磯山さやかさん

妃海風さん

中村蝶紫さん

吉田ボイスさん

藤本隆宏さん

田中圭さん

豪華ですね、本当に。松岡茉優さんは体調不良で休演された日がありましたが、今回は無事に出演されていました。

最もその日は、三谷さんが台本を持って代役をするという伝説も産まれたのですが(笑) 

席は三階の中央、やや目線は高目でしたが、十分に見ることはできました。花道がちょっと見切れますが(笑)そのあたりはやはり一回席のほうが良いと思います。値段とトレードオフですね。

内容と感想をまとめておこうと思います。

今回は歴史上有名な「江戸城無血開城」向けての勝海舟西郷隆盛の事前会談を巡るコメディになります。

勝海舟中村獅童)は度胸なし、女ったらしという設定。西郷隆盛が近くにまでやってきていて事前に話し合いをしたいという申し出にビビって、会談をするしないでひと悶着。なんとか江戸を戦場にしないようにするために、勝海舟の娘(松岡茉優)や義理の弟(田中圭)たちが考えた妙案は、本物の勝海舟には会談の間、外に出てもらい身代わりとして、ちょっと似ている庭師(松岡昌宏)に会談の場に出てもらい、降伏条件を交渉することだった、、、、

とまあ、こういう発端からドタバタが続いていきます。前半はニセ勝海舟の会談、後半はニセ西郷隆盛を立てて、そこから勝海舟西郷隆盛の本物の会談という流れになります。

 とにかく笑った二時間。このそれぞれの重要な会談に代役を立てるという発想から、相手をうまくだますためのドタバタが面白い。そこから広がるさらなる誤解がさらに笑いを誘います。もっともその誤解が最後に微妙な寂しさを生み出すことになりますが、、、。

中村獅童さんは、勝海舟の新しいキャラクターがうまく出ていたと思います。お調子者で、助平、豪気な反面すぐにビビる、実に人間味にあふれたキャラクターをバランスよく演じていたと思います。歌舞伎役者さんですが、セリフ回しもそういった感じが残らずにいたので、また違う作品でもみたいなと。松岡昌宏さんは、庭師としての作りこみが本当にうまい。ポーズや口調などすごく考えて演じているなというのがよくわかります。ああいうぶっきらぼうなキャラクターが非常に似合う。

今回の作品の面白さは、前半のドタバタに関して実にうまく伏線を張っていること、三谷さんらしい作り方です。法被を着て座っていた庭師が勝海舟に似ていたことから、身代わりにしようと考える、実際は西郷と海舟は一度会っているのに横に座ればごまかせるという浅はかさ、さらにそれに気が付かない程度の西郷、、、、そういうばかばかしい流れに対して、周りの人間が必死になって動き回る滑稽さ。特に女中の高田聖子さんの熱意は特筆ものです。

後半の西郷の身代わりの件は、西郷似のデク(藤本隆宏)を立てますが、海舟の娘(松岡茉優)との所帯を持つという設定で進むところが、またうまくはまるように進んでいくのが面白い。昔見た「君となら」のような感じです。最後は本当の勝海舟西郷隆盛が会談をして江戸城無血開城を決めます。ここで初めて勝海舟の本物の意味が出てきます。途中、急所の手術云々の話が出てきて、ここでの「萬屋」という掛け声と「TOKIO」の掛け声が絶妙でまた爆笑。最終的に会談は成立しますし、ドタバタの中のウソもすべて解決していきますが、最後に起こる出来事がこの芝居の紹介にある「歴史をつくった偉い人たちと歴史に名を残さなかった庶民たち」という言葉が深いなあと。ここで庭師が懸命に偽物を演じ続けるつもりですが、本物には勝てないという場面が出てくるところが印象的です。

庭師に起こる出来事は、偽物が、歴史に残らない人物はひっそりと消えていくという意味なんだろうなあと。それがラストの勝海舟と庭師の対比という構図になっていたんだろうなあと思いながら見ていました。コメディの中にある歴史を実感させる場面だったと思います。

今回は松岡茉優さんがとにかくかわいらしかった。気の強い娘役を元気よく熱演していたと思います。あとは八木亜希子さん、チャーミングですね。三谷さんは八木さんをよく使いますが、彼女が持つ天然な空気感が今回の勝海舟の妻という役どころにピッタリはまっていました。

コメディとして、本当にうまく構成された脚本、役者陣で見に行ってよかったです。もう一回、見ておきたかったですね。ぜひ、再演をしてもらいたい作品になりました。

雑記 3月23日 ドラマとか「みなおか」終了とか

今日は、半休なので、あとで見に行く三谷幸喜さんのお芝居「江戸は燃えているか」を楽しみにしているところです。

「99.9」「アンナチュラル」の感想で、すさまじいPVになっていて、うれしい限りです。承認欲求ではありませんが、やはり人に読んでいただくのはうれしい話です。

今クールは「99.9」「アンナチュラル」「BG」「リピート」「ファイナルカット」の五作品を見ていました。「anone」は第一話を逃したので、その流れから乗り遅れた(笑)。録画してありますが、見る暇がなさそうです。次が始まるでしょうから。

さて「アンナチュラル」についてまず少し。

最終回の件で気になることについては、以前ブログに書きました。是非はともかくドラマとしては必要な演出だったのでしょうし、その部分を差し引いても、よくできた作品だったと思います。恋愛要素をミコトの結婚破談から消したこともプラスでしたね。ドラマとしての視聴者のストーリーへの興味関心を各回の「不自然な死の真実」と「中堂の追いかける真相」の二つにきちんと絞ることができた。そのうえで「不自然な死」への距離感をきちんと「法医学者としての真相究明」という部分から基本逸脱していなかったことが、非常に良い。誰一人として「推理」ではなく「科学的分析に基づいた真実への推論」という設定をきちんと守ったことがよい。その真相の究明が「法医学者の矜持」であることは、ミコトをはじめとするUDIで働くスタッフを描く大きな柱になっていました。

個人的には第二話の冷凍車が池に落とされた話から、普通じゃないなあ、、という良い意味での裏切りを感じました。医学と犯罪の融合というか境目というか、そういうエンタメとしてのボーダーをUDIという架空の場所が設定されることで、うまく越えられましたね。裁判にしても、ラストのビル火災、連続殺人犯にしても時間の中に持ってくるストーリーと情報の密度がすごい。ご都合主義にみせないのはやっぱり「法医学」という武器できちんと「検証」している裏付けが視聴者にきちんと伝わっている。それだけに初回の毒を扱う話がきちんとできていて、脚本の野木さんのうまさを感じます。

もったいないのはやっぱり第5話の恋人が水死体で見つかって、解剖を依頼に来る恋人の話、最終話の二回だけが、ミコトのスタンスが揺れた部分かと。この二つだけは、法医学者ではなく、人としてのスタンスが強く出ているので、ドラマとしての共感性を優先したかなとは思っています。でも第5話はあの包丁を振り下ろした瞬間の映像にぞくっとしたけど。あれが法医学や人を想う心を憎しみと喪失が上回る瞬間という場面で、すごく好きです。きれいごとにしないことは大事でした。

もう一方の「99.9」は年始にやっていた再放送のシーズンⅠをちょくちょく見ています。第一話の赤井英和の冤罪の話は、改めてみても「犯人と実証される証言や証拠の真実性」という部分に関して描くというスタンス、そこはシーズンⅡの最終回とやっぱり変わっていなかった。ドラマの性質上、立件する検察側のいい加減な空気はやむを得ないけど、そこを差し引いてもやっぱりそれぞれのキャラクターがきちんとピースとしてはまっているドラマだったなと。主人公、同僚、主人公の鼻持ちならないが有能?な上司、見守る管理職、ゆかいな仲間、シーズンⅠではライバルの検察官、巨大な敵などなど、事件を扱うドラマとしての王道そのものですね。ストーリーも「アンナチュラル」同様に各回の弁護と、シーズンⅠでは深山の過去、シーズンⅡでは検察・裁判官の共闘に向き合うというテーマをうまく並行に進めています。

これってドラマの構造の基本ですよね。各話での決着をつけることでの満足度と、興味関心を引っ張る部分と二本立て。今回、評判がよかった「アンナチュラル」も「99.9」もその部分がきちんと練られているのが大きい。「BG」もその要素がありましたが、謎ではなく過去の出来事に過ぎないので、最終回まで引っ張れない弱さ。「ファイナルカット」はいろいろとムチャな設定にしすぎましたね、特に真犯人の両親が、親の愛情越えておかしすぎましたし(笑)

「99.9」はもちろん嵐ファン、松本潤さんファンという根本はあるにせよ、そういう部分を差し引いても、そういう王道フォーマット踏まえた作りがきちんとしていたのが、楽しさだったと思います。で、そういう作りができない現状をどうするか?だと思うのです。例えばフジテレビ月9が不振とかって、そりゃあそうだよと。見たいコンテンツとして、漫画などの原作モノか、かつての良作の続編かのどっちか。続編でもいいものはたくさんあるので、別に焼き直しも悪いわけではない。目新しさを出すために違う脚本家にすることも、全部悪いわけでもない。でもなぜ数字が取れない作品が多いのか?事務所の都合と配役ありきで原作を改変・改悪を繰り返す。大人の事情を優先させて、視聴者があまり好まない状況を特に原作モノでやるから、反撥を食らう。この繰り返しをしてきて、視聴者が付いてくるって特にキャストなどに頼ってきた部分が大きいと思います。忖度してほしい部分を作り手が多く出して、「仕方ないじゃん」っていう作り方したら、面白い作品になるのか大きな疑問です。

昨日で「とんねるずのみなさんのおかげでした」が終了しました。ひっそりかどうかはわかりませんが、特番になるわけでもなく、通常の枠で。数字を取りにくいという現状もあるでしょう、いまさら仮面ノリダーでもなかったかもしれませんし。食わず嫌いも使い過ぎ、細かすぎて伝わらないモノマネもすでに終わりにしてました。Twitterでもつぶやきましたが、とんねるずは同世代から下を相手に、体育会のノリを持ち込んだなかに、あまりひねるとかでなく、ストレートにいじったり、馬鹿をやる楽しさで面白かったわけですが、それが高齢になれば当然ついてこれない部分や、時代とのずれなんてのも普通に出てくる。「たのしくない」の根底はそういった時代とのずれを認識しつつも、延命だけ図ろうとした作り手の責任かなと。とんねるず自体は正直、自身のカラーみたいなものを意図してプロデュースしてきたわけでもなく、あえていえば秋元康との遊びや、そのあとのフジテレビの持つ時代感みたいなものにうまくアジャストしてきたと思っています。だからフジテレビの企画力が落ちれば、それは同じくそういうものに乗ってきたとんねるずにものしかかるし、数字が取れなくて同じコンテンツを消費するだけになっていくのは、仕方なかった。

ただ、きちんと辞めるっていう決断ができたことは、とんねるずにとってはよかったと思います。それぞれの個人の活動の中で個々の持っている別のスキルが出てくればいい。もっともどういうスキルがあるのかは未知数ですが。石橋貴明トークとかうまいときも多いので、そういう部分を活かしていけばいいし。ノリさんは役者なのかな。漫才などの芸人とは違うってのはあるでしょうし、その方向性を目指す理由もないので。

なんとなくまとまっていませんが、自分の中でも固まった話でもないので、こんな感じです。